もし、テクノロジーやイノベーション関連のカンファレンスに行ったことがあれば、何が話題の中心かは簡単に想像がつくだろう。多くの場合、話のテーマはいかに素晴らしい機能かについてだ。

もちろん、テクノロジーやイノベーションにおいて機能性やテクニカルな側面は最も重要な要素の一つだ。他社よりも優れたテクノロジーや機能性を持っていなければ、競争の激しいグローバルマーケットでは生き残れないだろう。

しかし、そこには一つの疑問が生じる。消費者にとって機能性が製品を買う唯一の理由なのだろうか?多くのテクノロジー企業の人々は、デザインは広告やファッション業界のものだと考えている。結論から言えば、今日デザインが必要なのはテクノロジー企業だ。

 

ただの「見た目の美しさ」ではない「デザイン」

デザインが必要なのは特定の業界だけだと多くの人が信じているのは、デザインが見た目の美しさについてだと思っているからだ。確かに昔はそうだったかもしれない。デザインが初めて商業的に利用されたのは、17世紀頃、ロンドンの高級小売店だった。それからというもの、長い間、デザインは見た目の美しさという部分でその価値を評価されてきた。

こうしたアプローチはテレビが主流だった頃にはパワフルであった。しかし、テクノロジーの進歩によって環境は変わった。キーワードは、コミュニケーションの方向性の変化と、質の高いデザインの民衆化だ。

インターネットが出現する前は、市場におけるコミュニケーションは基本的に企業から消費者に向けた一方通行だった。企業は広告宣伝などを通して自分たちが望む企業イメージを作り上げ、デザインはそうした目的のために利用されていた。ところが、テクノジーの進歩によって、それまで一方通行であったコミュニケーションが、消費者から企業、そして消費者同士と三つの方向に広がった。ソーシャルメディアの出現を考えれば分かりやすいだろう。今日の消費者が重視するのは、企業の広告宣伝なんかではなく、他の消費者と共有可能な本物の体験だ。

 

デザインの民衆化

加えて、インターネット、携帯電話、ノートパソコンといったテクノロジーの出現によって、それまで一部の人しかアクセス出来なかった質の高いデザインに、誰もが簡単にアクセス出来るようになった。また、デザイナー達も自分たちのデザインをオンラインで公開することで、消費者に直接届けることが出来るようになった。以前は広告代理店やエージェントが牛耳っていたデザインやアートといったクリエイティブな産業のあり方が大きく変わったのだ。

こうした変化によって、消費者が気づかないうちに市場におけるデザインのスタンダードは急激に高くなった。それに伴い消費者の期待も無意識のうちに高くなった。同じ内容のサービスや機能性を持った製品があるとすれば、今日の消費者はより良い体験やデザインを供給する方を選ぶようになったのだ。より多くの企業がより良いデザインや体験を提供するようになったことで、消費者自身も良いデザインや体験を選好するようになり、その逆もまたしかりだ。

こうした目に見えない無形の価値というのは、昔はラグジュアリーやハイブランドといった限られた業界でのみ重要であったが、今日においては全ての業界に関係している。なぜか?それは21世紀に生きる私たちはポスト物質主義の時代に生きているからだ。物とサービスが溢れている時代において、消費者は機能性や量といった定量的な部分ではなく、体験自体が持つ意味にお金を使っている。ブランド、サービス、製品、そして体験自体が持つ意味を人々は消費しているのだ。

B2Bの企業で働いている人の多くは、こうした変化が影響を与えるのは小売業界だけだと考えている。しかし、実際にはこの変化は全ての業界にとって他人事ではない。もちろん、B2Bにとってもだ。なぜなら、B2Bの業界で働いている人々たちも結局は何かしらのB2Cビジネスの消費者だからだ。例えば日中、ロケットセンターで働いていようと、一歩外に出れば他の人と同じようにスマートフォンやテレビを購入し、バーやレストランで食事し、車や電車を使って帰路につく。あなたのB2Bのクライアントは知らぬ間により良いデザインが施された体験を様々なサービスや製品を通して経験しているのだ。

 

感情的に意思決定をする人間

多くの人はスマートな人々はいつだって論理的に意思決定をしているはずだと信じている。しかし、実際にはそんなことはない。すでに多くの研究が証明したきたように、私たち人間はいたって感情的に意思決定をした後、論理的な釈明をするのが得意なのだ。金融業界なんかはその最たる例だろう。彼らの意思決定は基本的に欲望と恐怖という二つの感情で成り立っている(ちなみに私は金融業界出身だ)。私たちは論理的っぽい理由づけで感情的な意思決定を正当化するものなのだ。

 

より良いデザインでより良い結果

わかりやすい例を一つ挙げよう。日本のとある科学系のB2B企業の話だ。彼らの製品の多くは世界的に見てもトップまたはそれに準ずる品質と機能性を持っていた。それにも関わらずグローバル市場でのリーダーは常にヨーロッパの企業だった。彼らはどうにかして売上を伸ばそうと値下げをしたり、カスタマーサービスを改善したりと思いつく限りの工夫をこらしたが、中々成果が上がらなかった。しかし、海外版のウェブサイトのデザインとウェブ上での体験をリデザインしたところ、たった1ヶ月で海外での売上が2倍近く跳ね上がったのだ。当たり前だが、世界的な需要が1ヶ月で2倍になったわけではない。彼らが新しくデザインしたウェブサイトと新しい体験が、より多くの人の購買決定に繋がったのだ。

多くのテクノロジー企業が機能性の改善をした後、多額の費用を投じて宣伝広告を行い認知度を上げようと努力する。これはSell More(より多く売る)の発想だ。しかし、忘れてはならない。そのテクノロジーの購入における意思決定をしている人も、他の人たちと同様に感情的な意思決定を行う人間なのだ。全てを論理的に判断するロボットではない。新しいテクノロジーの機能性に基づいて論理的に購入決定をしているわけではない。

もし、テクノロジー企業で働いているなら、今こそSell Better (良く売る)について考える必要がある。そして、デザインこそ一つのソリューションになりうる。なぜなら、デザインはプロセスを整え、複雑なテーマをシンプルにし、製品やサービスの持つ真の価値を視覚化し、新しい意味を創るからだ。確かにテクニカルな側面も重要だ。しかし、それは消費者が購買決定をした後に重要になる。もうお分かりの通り、論理的思考が何かを購入する意欲や願望を生み出しているのではない。感情的な意欲や願望がロジカルな説明を求めるからだ。そして、デザインは企業と消費者の間の感情的な繋がりを生む最高にして最強のツールなのだ。

Erretresのビジネスアドバイザー 長谷川雅彬

現在Erretres Open Labのプロジェクト 「Japanese Technology Meets Spanish Design」をリードしている。金融とテクノロジ企業での経験を持っており、「デザインはテクノロジーの潜在価値を最大限引き出す鍵」だと信じている。


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